タイポグラフィデザインにおける茶の精神

 

 2009年の「アイデア」誌で、日本で活動するタイポグラファーのヘルムート・シュミットは、師であるスイスのデザイナー、エミール・ルーダーについて「京都の龍安寺の、15個の石がリズミカルに配置された石庭を訪れると、私はいつもエミール・ルーダーに対面しているような気持ちになる」と書いている。また「東洋の哲人曰く、創造されたフォルムの本質は空なる部分にある。壷は、内部の空間がなければ、ただの土塊にすぎず、その空の部分こそ壷を壷たらしめている」というルーダーの言葉を引きつつ、「印刷されない部分が印刷された部分に生命を与える、という彼のタイポグラフィ観をうかがい知ることができる」と語る。ルーダーの「一服の茶、タイポグラフィー、歴史主義、シンメトリーとアシンメトリー」(TM誌1952年2号)というエッセイのタイトルに見られるように、茶の精神が、遠くスイスの地で、しかも現代の精巧なタイポグラフィデザインに結実している奇跡のような様相に、我々は驚きを持って接する。ルーダーはベルサイユの庭園等にみられるシンメトリーの様式を排し、空間に強弱、変化をつけながら、石庭の石のように文字を配置していく。それはまるで茶室の持つ規格性と自在性を、紙面に移し替えたような錯覚さえ感じてしまう行為である。

 

 ルーダーはタイポグラフィは文字から始まるのだと説明するために、よく金属活字を持ち歩いていたという。ルーダーにとってタイポグラフィの精神は、単に比喩としての茶や禅の文化ではなく、その存在の基盤に同質の美意識を抱えていたに違いない。考えてみると、静岡は日本における金属活字の生誕の地、と言ってもよく、禅的教養人であった徳川家康によって、「駿河版活字」は日本最初の銅製活字として駿府城内で鋳造されている。岡倉天心の「茶の本」に啓発されたルーダーのタイポグラフィに習い、金属活字による組版をこの静岡で試みるのは、そうした歴史的な、あるいは文化的な意味を再検討することになるかもしれない。

 

 本研究では、「駿河版活字」に思いを馳せ、近世の駿府の町名を金属活字で組む、というタイポグラフィ作品を制作した。実際の場所の関連を意識しつつ、ルーダーの方法論を特徴づけるグリッドやアシンメトリーを用いたデザインとなっている。

 また、今回は共同研究のメンバーと共に、千利休によって建てられたという妙喜禅庵の国宝・待庵、苔寺で有名な西芳寺、黒谷の西翁院・淀看席、という茶室や禅に関わる場所を訪問した。土の壁や板、畳、密集する苔のマチエールが、「わび」や「さび」の美意識を色濃く物語っている。タイポグラフィ作品と同時に、茶の精神や禅に関わる空間を形成するマチエールを抽出し、再構成を試みた。

 

 

 

 ルーダーが教鞭をとったスイスのバーゼル、京都、駿府の三都に関わるタイポグラフィーやマチエールに、茶・禅の精神を見いだすことができたら、と考えている。

 

エミール・ルーダーEmil Ruder(1914−70)

タイポグラファー。スイス生まれ。チューリヒ、パリで植字、カリグラフィー、ブックデザインを学んだ後、42年よりバーゼル公立工芸学校のタイポグラフィの教師を務め、バーゼル工芸美術館、バーゼル美術館のポスターを数多く手がけた。主著に67年刊行の「タイポグラフィ」がある。

 ルーダーのタイポグラフィは、輝くほどの優美さと明瞭さ、そして大胆な実験精神に満ちあふれ、同時代の「スイスタイポグラフィ」系のデザインとは一線を画し、強い影響力を持った。(『現代デザイン辞典』平凡社 2006年、『アイデア』誠文堂新光社 2009年 333号)

 

ヘルムート・シュミットHelmut Schmid(1942−)

オーストリア生まれ。ドイツにて植字工の訓練を受けた後、スイスのバーゼルデザイン学校でエミール・ルーダーの下、タイポグラフィを学ぶ。欧米各地で活動した後、大阪のNIAに勤務。1981年独立。弘益大学(ソウル)、神戸芸術工科大学で教鞭を執るなど教育活動にも従事。

 著書『タイポグラフィ・トゥデイ』は、「現代の古典」と評される。日本での主な仕事に、大塚製薬「ポカリスエット」、資生堂「ELIXIR」、IPSAのロゴデザインなど。

AGI会員。(ggg ギンザ・グラフィック・ギャラリー)

 

謝辞

本稿は常葉学園大学共同研究補助金平成22年度「茶文化再考」および同23年度「茶文化の価値を問い直す」を受けた研究の成果である

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